NEWS
2016.11.02 [Schedule] 小橋 順明 Ceramic works 『いのちなどないのに』
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 >
Round6
4展 Shiten Thema【ハレとケ】
2016.12.27 (tue) - 2017.01.14 (sat)
OPEN  : 12:00-18:00
CLOSE :12月28日(水)12月31日(土)~1月4日(水)の間は休廊
第六回目となる今回は、4展が始まって丁度丸2巡となります。(年3回企画)

今回は、年内最終企画として、そして新年第一弾の企画として開催します。

これまでの4展のテーマを振り返りますと、第一回目お金、第二回目種、第三回目さる(干支)、第四回目ごみ第五回目鉄道でした。

このテーマ性の特徴はある種の固有名詞から来ています。つまりある程度具体的事物がそれぞれイメージの範囲内又世間一般においても認識できるものであるという事です。

しかし今回は、”ハレとケ”。

確かに、晴れ着であったり餅、赤飯、白米、尾頭つきの魚、酒といったものが象徴的に浮かび上がりますが、しかし、それらが持つメタファーは今回のテーマの”ハレ”の世界観と合一かと言えば、少し相違すると思います。加えて、今回のテーマは”ハレとケ”です。”ケ”=”ケガレ”を包含してテーマに臨んだとした場合どうなのだろうか?という点が今回の要です。

柳田國男によって見出された、時間論をともなう日本人の伝統的な世界観を、現代を生きるコンテンポラリーアーティストの4名は どう捉えどう考え表現するのか?

<出品作家>釜匠 八木佑介 遠藤良太郎 宮本大地
『いのちなどないのに』
小橋 順明 Ceramic works 
2016.12.02 (fri) - 2016.12.11 (sun)
OPEN  : 12:00-18:00
期間中無休
虫が死んでいた
昨日は生きていたのに
前のめりに、突っ伏して
動いていたのに
何も変わってはいない
カタチはそのままなのに
動くことはない
いのちが入ったら動く?
そんなわけがあるものか
いのちなど
ない
もっと違うなにか
呼び名を考えなくては
僕の作る虫たちは
一度も生きていたことがない


太田夏紀 『息物』
2016.11.03 (thu) - 2016.11.13 (sun)
OPEN  : 12:00-18:00
期間中無休
現在、この展覧会は終了しています。
人に慣れていて危害を加えない生き物と一緒に生活することは、私たちにとって都合の良いことが多い。

例えば、ペットとして、家畜として…野生ではない生き物達は、「人間以外の生き物」として所有され、人間の生活に私達の都合で、強制的に共に生活をする事となる。生き物達が自分の生きたい様に生きられずに、不自由な生活に息苦しさを感じているとわかっていても、人間は生き物に対して一方的に愛情を注ぎ、利用する。

外で走り回りたいと思っている犬を「逃げた」と言って家の中に連れ戻したり、卵を産むために鶏は狭い小屋に入れられる。そうして、外敵に襲われる事の無い、安全で不自由な人間の世界に閉じ込められるのだ。

しかし、そんなことを知りながら悪気も無く、可愛いとか大切だとか、人間のエゴだとわかっていながら愛おしいと思ってしまう。 人間に逆らう事無く、静かにしっかりと息をしている生き物達を、「息物」として、焼き物で表現したい。

岡部 賢亮 ツクモガミのためのギジンカ
2016.10.15 (sat) - 2016.10.28 (fri)
OPEN  : 12:00-18:00
期間中無休
現在、この展覧会は終了しています。
ありとあらゆるものには魂が宿るとよく言われますが、特別な信仰心があるわけでもない僕はなんの疑いもなくごく自然とその事を受け入れて生活しています。神様や妖怪は、存在するかもしれないし、しないかもしれない、絶対にわからないということこそが自然と受け入れることができる理由なのではないかと僕は考えています。

僕の実家には床の間があります。そこには大きな水瓶があり、四季折々の花が生けてあるのですが、不思議と生けられた花は土に生えているときよりも魅力的に感じます。 それを眺めながら「この花にも魂があるのだろうなぁ」と考えたとき、ふと「いや、この花は根っこから切られてもう死んでいるのじゃないだろうか。でも死んでいるようにも見えないし、凄く魅力的に見える」と疑問に思い、自問自答してなんとなく仮説を立てました。

それは、この花は死んでもいるし生きてもいるということです。

いる。いない。という対極にある考えが同時に存在しているからこそ人々の心を惹きつけるのではないでしょうか。僕は自身の制作において、この対極にある概念が同時に存在するときにできる魅力を擬人化という手法で表現したいと思っています。

つくも神という100年経った道具は魂が宿り手足が生え動きだすという伝説があります。 古くから現在まで神様を人の形で現したり、対象を人に近づけることで親近感や愛着を感じさせることは、幅広く取り入れられている表現方法です。 

僕は、今回の作品をこのつくも神的な感性を基底にして制作しています。端的に言うと花を生けるための器を擬人化することで僕の表現が鑑賞者に対して広く伝わることを願っています。

It is often said that there is always something like a spirit or a soul in everything. I live my everyday life, believing in that idea without any doubt even though I am not a particularly religious person. And it seems to me that the reason why I can accept such idea so naturally is because there is absolutely no knowing whether or not things like gods or ghosts really exist.

There is a “Tokonoma” ( a Japanese style alcove) in my house. And there stands a big water jar always filled with seasonal flowers. I always find these flowers much more attractive in the jar, where they are separated from its surrounding nature, rather than within the nature. One day, as I was looking at flowers in the jar, I thought to myself “there must be some kind of spirits in these flowers too”. But soon I also wondered “Or not. These might already be dead with all the roots cut. Though they don’t seem dead but rather very beautiful.” Then I came up with one theory: These flowers are dead and alive at the same time.

It is such co-existing of two very opposite concepts that “something is there” and “nothing is there” that makes these flowers even more attractive to us. In my works, I try to express such attractiveness, created when these bipolar concepts co-exist, by personifying it.

In Japan, it has long been believed that a wide variety of daily tools, after having been used for a hundred years, finally come to have a spirit and become a god called Tsukumogami. They are even said to gain arms and legs and start walking around by themselves like a human being. This is also one kind of personification; the way to make people feel more intimate with, affectionate and more connected to certain objects by making them closer to human beings or giving gods human forms in art works.

Behind this piece of work is this concept of Tsukumogami, tools coming to have a sprit. A vase may be merely a tool for arranging flowers, but this time I gave it a human form to turn it into something that people can feel familiar or even intimate with. And I hope whoever sees this work gets that feeling.

松本央 千代に八千代の花暦
2016.09.27 (tue) - 2016.10.04 (tue)
OPEN  : 12:00-18:00
期間中無休
現在、この展覧会は終了しています。
植物は決まった時期に花を咲かせ、季節の移り変わりを教えてくれる。

はるかな昔から変わることなく淡々と生のサイクルを繰り返している。

それは不思議で、どこか安心もする、 そんな植物の姿を是非ご高覧下さい。