NEWS
Song Ji Song solo exhibition 'Rain of soil'
炭田紗季 solo exhibition
『大魔術師』
2012.01.31 (tue) - 2012.02.29 (wed)
gallery close 2/4・5・11・12・18・19・26
open 12:00~18:00
描く対象に意味付けをする行為、寓意画などに興味がある。出品作品は主に美術史上の出来事に着想を得ている。既に、検証されてきたことを、今私が身の周りにあるモノや光景を用いて再度なぞらえてみる。そこから現れてくる元来のものとの差によって、現在私を取り巻く価値観、宗教観、存在意義などを探ろうと試みている。(炭田紗季)

常に変化を遂げる真実とは魔術のようなものではないか?魔術が解け、新たな魔術にかかる。ある時代までは真実として広く世間では認識されていた、所謂常識という枠組が、ある時点からそれは大きな変貌をとげ非常識となる。この極端な変化、変化というポイントが人間にとって大きな意味がある。しかし、このような事を繰り返し、真実を求め続ける人間という存在は何を探し求めているのだろうか?そして何がその魔術をかけているのか?又魔術とは何か?今我々が堅持している常識は本当に真実なのか?炭田紗季は自らが生活する現代という時代を材料として魔術の深部を探求しようとしている。
(director 上山潤)

COMBINE SELECTION
2012.01.11 (wed) - 2012.01.25 (wed)
gallery close 1/7・8・9・14・15・21・22
open 11:00~18:00
COMBINEアーティストたちの作品をセレクトして展示いたします。
GOMBESSA proposal ep2
紫色の藝術旅団
2011.12.05 (mon) - 2011.12.16 (fri)
gallery close 12/10・11

open 12:00~18:00
GOMBESSA proposalの第2回目企画。
COMBINEが選抜する京都で活動するエッジの効いたゴンベッサたちの新作を網羅。
当企画は12月21日(水)より高松天満屋5階美術画廊にて開催予定”現代美術のカッティングエッジ
京都・瀬戸内のゴンベッサたち”のプレビュー企画として京都側の作家を展開いたします。
16日の会期終了後高松にて瀬戸内側のゴンベッサたちと合流する予定です。
京都で編成を整え本年最後に瀬戸内地域のコンテンポラリーの拠点へ進攻いたします。

【参加アーティスト】
釜匠
松本央
阿部瑞樹
佐野暁
武者宏迪
佐野 曉 URUSHI exhibition
Hello ♡ Kumasan
2011.11.01 (tue) - 2011.11.30 (wed)
gallery close 11/3・5・6・12・13・20・27
open 12:00~18:00
はるか縄文の時代から現代まで日本人を貫き通す天恵の素材「うるし;漆」。
未完なもの、未熟なものを肯定的にとらえ、愛でる日本人の美意識、古くから存在し、今世紀に入って一躍注目を浴びる「かわいい」。
万物にカミを見出す日本人の自然観に立戻った時、一見関わりあうことの無い二つの軸は静かに交わりあう。漆という名の魂を身に宿し、キャラクターたちは毅然と、そして「かわいく」立ち現れる。


1981年滋賀県生まれ
2011年京都市立芸術大学大学院後期博士 課程 漆工研究領域修了学位 博士(美術)取得

個展

2011「くまさん 於 祇をん小西」
2009「森の魂」(ギャラリーはねうさぎ京都)
2006「神代に奏でる天音滴」(ギャラリーはねうさぎ 京都)
2005「ほしみちるあまのかみやど」(ギャラリーはねうさぎ 京都)

グループ展

2011「会津 漆の芸術祭2011 東北へのエール」(会津若松市、喜多方市)
「漆展 -新しい漆のかたち-」(伊丹市立工芸センター 兵庫)
「FLAWLESS: ContemporaryJapanese lacquer」( Cavin-MorrisGallery,ニューヨーク アメリカ)
「Gombessa. proposal ep 1 I am Japanese.」(BAMI gallery 京都)
「漆芸の未来を拓く -生新の時2011-」(輪島漆芸美術館 石川)
2010「京都市立芸術大学大学院美術研究科 後期博士課程展 第1期」@kcuagallery 京都)
2009「漆ミーティング2009」(ギャラリーマロニエ 京都)
「 Comtenporary Japanese lacquer」( KEIKOGallery ボストン アメリカ)
2008「MVInspirietJapan-Kuehlungsborn」(キュールングスボルン美術館ドイツ)
「Gallerism2008」(大阪府立現代美術センター大阪)
「ゆうゆう展」(西応寺  滋賀)09’10’
「ニョッキニョッキ 佐野曉 公庄直樹 二人展」(恵文社  京都)
2007 「THEROSTOCK-KYOTOART RAINBOW PROJECT」 (ロストック美術館ドイツ)
「皐月の荘厳」(京都芸術センター 京都)
「芽吹 佐野曉 公庄直樹 二人展」(石田大成社ホール 京都)
2006  「日中交流展」(北京中央美術学院 中国)
「京都発漆粘土の可能性」(ギャラリーにしかわ京都)
「京の職人仕事いろいろ展」(京都クラフトセンター 京都)
「ART UNIV 2006」(コンソーシアム京都 京都)
2005「漆工展in清水」(京都美術工芸ギャラリー 京都)
2004「六つの月」(クラフトギャラリー集  京都)
2003 「俺タチ脳ミソ漆ヌリ」(ギャラリー○△□京都)

公募展、受賞など

2009「京展 」入選(同10')
2007〜2008ドイツにて滞在制作
2007「THE ROSTOCK-KYOTOART RAINBOW PROJECT」 大賞受賞
2006「京都市立芸術大学作品展」 同窓会賞受賞
「音の彫刻コンクール2006」 入選
2004「第22回朝日現代クラフト展」 入選 (同09’)
2003「京都市立芸術大学作品展」平館賞受賞
2001「佐藤太晴公募美術展」特選受賞

コレクション

京都銀行(京都)
ロストック美術館(ドイツ)
HotelAMWESTSTRAND(ドイツ)
ホテル オークラ (マカオ)

エトリケンジ solo exhibition
pico(ピコ)
2011.09.29 (thu) - 2011.10.24 (mon)
gallery close 10/3・8・9・10・14・15・16・23
open 12:00~18:00
ピコ(pico, 記号:p)とは国際単位系(SI)における、小ささを表わす単位の倍量・分量 であり、漢字文化圏においては【漠(ばく)】と表記される単位である。

その単位は現代社会の中で頻繁に現れる分子や原子を扱う際の主な単位・ナノ(nano) よりも小さく現代社会では認識外にある単位であるとも考えられる。又漢字文化圏に おいて【漠(ばく)】という文字をこの単位に相当させているが、漠と言う字自体が 現在持つ意味とは「果てし無く広々としている様」「取り留めがなくはっきりしない 様」ということであると考えられます。極小な単位を表現するはずの文字が広大無辺 な様を意味として持つ。そこには大小同義の仏教的な思想を読む事もできます。

エトリケンジが【pico】という字に込めて表現する、小さなバニシングフィギュアーとは 極小の世界が持つ人間の知覚・認識外にある広大無辺な感覚を表現すると同時に、科学技 術が運動する現代社会の象徴的極小単位【nano】を少し超えた所にあるまだ見ぬ新たな 世界観=現代を前進させる何かを象徴しているとも言えます。

(director 上山潤)
植田崇裕
Video Art 【テリトリーの変化と浸食】
2011.08.29 (mon) - 2011.09.20 (tue)
gallery close 9/4・10・11・17・18
open 11:00~18:00

【展覧会ステートメント】
 

私達の周りは絶えず変化と浸食に蝕まれている。
それは時に自己を汚し、自分のテリトリー(領域)を浸食していく。
それでも私達の本能は変化という新たな自分に魅せられ、それを期待していく。
人は形成されるものを破壊することを好む。
それは破壊する瞬間に美を感じ、恍惚感を得て、欲望を満たす。
しかし、その果てにある感情高ぶるモノを本能の赴くままに追求していくこと、
それが人間本来の欲望なのではないか?

(植田崇祐)

今春、京都嵯峨芸術大学を卒業した植田崇祐による
Video Art【テリトリーの変化と浸食】を開催いたします。
BAMI galleryにとっても初めてとなるVideo Artの展覧です。
なにか得体のしれない時代と言う魔物が動きだした現代日本社会。
その魔物は劇的な変化を促し、そして望むと望まないに関わらず
従来の感覚を通り越したスピードで我々を浸食していく。
そんな時代の空気を身体一杯吸い込み噴出させたような表現で挑む
植田崇祐のビデオアートを是非ご覧下さい。

(director 上山潤)

COMBINE SELECTION
2011.08.03 (wed) - 2011.08.24 (wed)
gallery close 8/6・7・9・10・11・13~18・20・21
open 11:00~18:00

COMBINEアーティストたちの作品をセレクトして展示いたします。

 ・阿部瑞樹
 ・奥野正人
 ・kappachicken
 ・釜 匠
 ・田村博文
 ・永吉友紀
 ・松本 央
 ・エトリケンジ

松本央 solo exhibition
【Beast Attack!】
2011.06.01 (wed) - 2011.07.29 (fri)

gallery close 6/4・5・11・12・18・19・21・25・26・7/3・9・10・15~21・24
open 11:00~18:00

【展覧会ステートメント】


科学技術やITなどのテクノロジーの進歩によって、高度に発展を遂げた情報化社会を築いた現代。我々はその成果として物質的に豊かで快適な生活を送り、個人の権利と自由を手に入れた。

だが、それは同時に個人の欲望を解放し、拡大させることにも繋がった。

資本主義、市場原理主義にのっとった自由競争による経済発展は、少数の富裕層と多数の貧困層からなる格差社会を生み出した。

人々は再び、自然淘汰、適者生存による弱肉強食のサバイバル世界を自らの手で作り出したのだ。

我々は、この肥大した経済システムを維持すべく、メディアを通して大量の情報を流し、人々の欲望を刺激し、人々に消費を推奨する。

また快適、簡便さを追求した現代社会では人々が欲望を満たすまでの時間も短縮され、肉体的な負荷も少なく手軽に満たすことが可能となった。

その進行は都市の発展、日々のテクノロジーの進歩の速度に比例し加速の一途をたどっている。

その結果、欲望を満していくことが常態化し、欲望の肥大化とその制御についての感覚が麻痺し、反射的に自らの欲望を満たし続けている。

自らの欲望をむき出しにし、それを貪る様は、さながら野獣そのものである。 自己の欲望の無条件の肯定、その行き着く先には一体何が見えるのだろうか。(松本央)


【作品コンセプト】


-人間の欲望の果て、あるいは生命体の本質-


人間を始めとした生物本来の持つ、利己主義的側面や、自らの欲求のままに欲望を満たしている姿を強調、あるいは誇張し、過剰に描きだす。

その描き出された人物郡は、弱肉強食の世界に生きる獣のように自己の欲望を満たすことをためらわない。しかも、その肥大していく欲望により自然環境を破壊し、他の生物と共存することも難しいという意味において野生の獣以下である。

もはや我々の知る人間ではなく新しい種類の生物であるという意味でBeast(野獣)と呼ぶ。

ただ、欲望を満たすことを悪として片づけるのではなく、生物の生存本能として利己的な部分や欲求を満たすため手段を選ばないことがあることも理解し納得したうえで、自らの欲望を追求していくことや、追及していった末に何が残るのか、生きるということとはどういうことなのか、一生命体としての人間の姿に迫っていきたいと考えている。( 松本央)
田村博文 solo exhibition
STONE+SABI 原風景からの切り貼り
2011.04.27 (wed) - 2011.05.31 (tue)
gallery close 4/29・30・5/1・3・4・5・8・14・15・22・29
open 11:00~18:00

広い河原。

辺り一面を占める石・石・石。

時を忘れて無心で遊ぶ。

積み上げたり、崩したり、並べたり並び変えたり。

すべりそうな石があれば助けてやる。

お気に入りの小石は大切にポケットへ。

先人は樹・石・金属と時をかけて、その利用すべき術を手に入れた。


私はまだ樹で石を削り出し続けている。


樹は削り出すことでその樹が所有した時間を 剥き出しにされる。

有機物としての樹、それと対峙する側にある 石や金属


私はまだ樹で石を削り出し続けている。


樹で石をつくり、その石にメタリックな表皮を装着する。

時と共にSABIがで出る。

原風景に存在するか否か不確かな時間。

樹が所有した時間。

そして今、樹から磨き出した石に施したメタリックなフィルターと

それから発生するSABIと時間を共有する。


私はまだ樹で石を削り出し続けている。



Gombessa proposal ep1
I am japanese.
2011.04.13 (wed) - 2011.04.26 (tue)
gallery close 4/16・17・24

open 11:00~18:00
Gombessa(ゴンベッサ)とはシーラカンスである。シーラカンスとは、古生代に出現し、白亜紀に絶滅したと考えられていた全長約1.5メートルの魚のことで、原始的な形質を有するので、生きた化石といわれています。

その存在を昔から知っていたコモロ諸島周辺の人々からは肉が不味くて「使えない魚」との語義をもつ「ゴンベッサ」の名で呼ばれていた。その価値が明らかになり高値で取引されるようになった現在、「ゴンベッサ」は一転、「幸運を呼ぶ魚」との肯定的な語義に変わっている。


COMBINEでは、このゴンベッサの語義変化をアートの世界における劇的なパラダイムシフトに擬え、今はまだその名も作品も世に知られず、価値もなにもない日本の若いアーティスト達の視線=コンセプトをゴンベッサと位置付け、その能力の可能性を広く問いたいと考えております。


COMBINE:Gombessa proposalはグローバルに広がる世界に対峙する現代日本社会にあって、真の日本人DNAに依拠する若いアーティストの優れた感受性及びそこから瑞々しく発露される表現、それらを有する者を選抜し訴えていく事を旨としております。


COMBINE:Gombessa proposalはアーティスト・グループではなく、オペレーションシステムです。よってアーティストを固定化することなく様々な表現の切り口(アプリケーション・ソフト)によってBAMIgalleryを最初の実験場所(スクリーン)として提示していきたいと考えております。


COMBINE:Gombessa proposalのオペレーションシステムはオープンソースです。幅広い意見を取り入れていきたいと考えております。
kappachicken solo exhibition
「silent color」
2011.03.10 (thu) - 2011.04.07 (thu)
gallery close 3/12・13・19・20・27・4/3
※ ご好評につき、4/7まで会期延長することに決定いたしました。

open 11:00~18:00

世界はたくさんの色で溢れているはずなのに どんな色も見えなくなる時があります

大切な人に
そぐそこに色があると伝えるのが難しい時があります

あなた自身がその素敵な色の一つだと伝えるのは 時々もっと難しい

それでもきっと
色を見つけ、感じ、伝えようとし続けるべきなのでしょう
それが生きるということなのかもしれません

私は、また絵を描き始めました
静かな色で描きました

エトリケンジ solo exhibition
「プロトタイプ-ジュリエッタ」
2011.02.03 (thu) - 2011.03.08 (tue)
gallery close 2/6・11・12・13・20・26・27・3/6

open 11:00~18:00

【ステートメント】 我々一人ひとりは、人生という実験場に投入されたプロトタイプである。生まれながらにしてスタンドアローンであるプロトタイプ同士の共感。
【コンセプト】 世界の成り立ちを明らかにしかねないほど科学が発達し、テクノロジーが進歩したこの時代においても人はなお生まれ落ちたその瞬間から、周囲からは切り離されることを強いられるスタンドアローンな存在である。しかし世界が情報化したことによって、離ればなれだった人は並列化され、ヒューマニズムではない、新たな“共感”する感覚を獲得するのかもしれない。
【Program director 上山潤】 エトリケンジsolo exhibition “プロトタイプージュリエッタ”はこれまでの活動から飛躍し挑戦するメッセージです。混沌する社会の中で、彼が一筋の閃光のように見いだす新たな世界観=プロトタイプを是非おたのしみください。
釜 匠 solo exhibition
「 のぞきみ展 」
2010.12.13 (mon) - 2011.01.28 (fri)
gallery close 12/19・26~2011 1/5・8・9・10・15・16・23

open 11:00~18:00

前田寛治大賞展のために描き下ろした「クワガタムシの引き出し」 その巨大な羽で東京から鳥取と飛び回っておりましたが、今回ようやく京都に帰ってまいりました。
そのクワガタムシの大作に始まり、今回はサムホールサイズを中心とした小作品展を開催します。
小さな世界に広がる大きな物語をどうぞじっくりのぞきみて下さい。(釜匠)
阿部 瑞樹 solo exhibition
 『 from the car 』
2010.11.15 (mon) - 2010.12.10 (fri)
gallery close 11/21・27・28・12/4・5
open 11:00~18:00
現代社会に於いて、自動車の存在は無くてはならないものとなってきました。自動車は道具としての様々な役割を与えられ、物や人の大きな流れを作り出し、今となっては道具として当たり前に存在するものとなっています。しかし、自動車という物は道具としての役割を持つだけでなく、所有者のパートナーや家族、ペット等の位置づけをされ、より生物的に扱われるようになってきました。 工業製品であり、道具であり、無機物であるはずの自動車に対して、愛着を持ち、まるで家族のように扱ったりするのは何故なのか。 「物を大切にする」という精神はよく子どもの頃から教えられたが、物を本来のあるべき姿ではなく、別の物として見る「見立て」の精神が日本には古くからあり、それが私たちに受け継がれて今に至っているが故に、こういった現象が起こるのではないでしょうか。無機物を有機物に見立てたり、そもそも生死の概念が無いものに、どこか生を感じたりすること等、自動車には様々な芸術的要素が存在するモチーフだと考えます。普段強く意識していない自動車の様々な要素を、私なりの表現と手法で作品化することにより、新しい価値観や視点を伝えていきたい。(阿部瑞樹)


19世紀末に誕生した自動車という文明の利器は、21世紀に至る現在まで技術革新を何度も繰り返し我々に多大な恩恵をもたらしてきました。しかしその恩恵はある意味様々なものとの引き替えに得たものでもありました。燃料に代表される自動車が現在抱える問題とは、自然との調和や基幹産業としての役割、それらを成り立たせるための更なる科学技術の進歩等、21世紀の我々がこれからあらゆる部分で克服していかなければならない社会の問題を象徴しているようにも感じます。阿部瑞樹が画くかわいい車達の表情からは色々な問題を克服し人間と共生していきたい、いかなければならない車の感情が聞こえてくるような気がします。(Program director 上山潤)

中井幸子 solo exhibition
『One~Where are you?~』
2010.10.05 (tue) - 2010.11.02 (tue)
gallery close 10/10・11・17・23・24・31
open 11:00~18:00
生きているということは、風景とともにあることだと思います。同じ時間や場所ですごしていても、一人ひとりが自身の体で体感するもの、それが風景だと考えています。ただ、それぞれが経験してきた時間や場所、そこから感じた風景は違っても、共有できる何かがお互いにあるということが大切ではないかと考えています。たとえ感じた風景が全く同じではなくても、それらはすべて大きな時間の流れのなかでひとつになっていくような気がします。例えば、私は、私自身が感じた風景をもとに描いています。それをみた人はその人自身が今まで体感してきた風景を思い出したり、感じたりします。そして、お互いに感じていることが作品を介して共有できると思うのです。タイトルの「One」にはこのような意味をこめています。ひとつの大きな時間の流れのなかで、みる人に「Where are you?(あなたはどこにいますか?)」と、問いかけることができればと考えています。(中井幸子)

誰もが幼き時分一度は描いたことがあると思う一本の道の絵、私はそういうこれ以上ないくらいシンプルで強い絵を探していた。そして出会ったのが、中井幸子が描くOne~Where are you?であった。彼女の作品を前にするとき、そこには小難しい絵画・芸術などという障壁は一つも存在しない。誰もが自然に入り込むことが出来るスケールの大きな世界が存在するだけである。(Program director 上山潤)
松本央 solo exhibition vol.2
『現(うつつ)の果て』
2010.07.19 (mon) - 2010.08.18 (wed)
gallery close 7/17・18・24・25 8/1・7・8・13・14・15・16
open 11:00~18:00
人は生きている限り、移ろい変わっていく。肉体の変化は勿論、精神においても、自分が意識する、しないにかかわらず、自らが接するあらゆるものから、五感を通して感じる刺激や情報の影響を受け恒常的に変化している。しかし、このような様々な刺激や、膨大な情報の渦中にゆらゆらと漂い、あるいは流され、変化を続けながらも、私は揺ぎ無い「私」として存在している。この矛盾の上に「人間」の存在はある。私は、この時代を生きる「私」という特定の個人の身に起こる変化、現象を描き続けていくことで、逆説的に、揺ぎ無い存在である「私」、さらには時代や場所、性差などの違いを超えた「人間」の本質を浮き彫りにしたいと考えている。  (松本央)
松本央は1983年京都生まれの27歳の画家である。彼は終始一貫自画像を画き続けることを決意した画家でもある。社会の中で自分は何者なのか?それが良く分からない状態で毎日を過ごす現代人は社会の中で様々な顔を待たなくてはならなくなった結果、本当の自分の姿を喪失していく。心の内に問いかける時、答える自分が本物なのか問いかけている自分が本物なのか?社会にでて見られている顔が真の自分の顔なのか仮面なのか?その判別が出来なくなった現代人は、改めて見えない束縛からの開放への戦いを挑まなくてはならない。松本が画く自画像とは、そんな現代社会に生きるありのままの自分を見つめ探す行動的記録日記でもある。 (Program director 上山潤) 
松本央 solo exhibition vol.1
『無常の空間-108人の自画像-』
2010.06.22 (tue) - 2010.07.15 (thu)
gallery close 6/26・27 7/3・4・10・11
open 11:00~18:00
「ありのままの自分を見つめる」これは、私が自分をモチーフに作品を制作するに当たって、 テーマとしていることの一つである。半年の間、毎日ただひたすら自分の姿を鏡で見て、 この『108人の自画像』は、完成した。画面の中に描かれた108人の顔は一つとして同じ ものは無い。だが、それらはすべて紛れも無く私(松本央)の顔である。 数多くの自分を描いていく中で、その日の体調や気分によって描き方が変わり、また、 それによって画面に現れる顔の形や表情といったものも変化していく。これはアナログな方法 による仕事の性質上、どうしても出てくるブレだ。 しかし、画面に描かれているのは、私の容姿だけではない。筆致や絵の具をぼかした指の跡 といった身体的な痕跡、または、その日の気分や体調といった内的なもの、さらには、この 作業をおこなった半年間の時間に至るまで、もれなく絵の中に記録されているのだ。  つまり、この「108人の自画像」は、私の外見や内面、私を取り巻く空間すべてをひっくるめた 「ありのままの自分」を描こうと試みた私の行為の記録である。(松本 央)
松本央は1983年京都生まれの27歳の画家である。彼は終始一貫自画像を画き続けることを決意した画家でもある。芸術とは社会を映す純粋な鏡である。しかしその鏡に映し出される社会の様相とは芸術家個々が様々な方法によって表現し数限りなく存在する。一つだけ、どの表現にも当てはまる原則がある。この鏡に映し出されるものとは、芸術家個人の内面からしか生まれないということだと思う。そう考える時、画家が社会の中に存在する様々なものについて表現する時、常に自分というフィルターを透過させることによってその考えを世の中に訴えているという事になる。もっと突き詰めて言えば本質は社会に生きる自己を見つめ続けている生き物でもある。松本央はそのシンプルな考えに沿って自画像という手法を選択し、自らに与えられた、社会に生かされている時間全てをつぎ込むことを決意した画家なのです。 (Program director 上山潤)
山本幸夫 solo exhibition
『FACE』
2010.05.20 (thu) - 2010.06.17 (thu)
gallery close 5/23・29・30 6/5・6・12・13
open 11:00~18:00
私が美術高校に入学し、初めての彫塑の課題はベートーベンのデスマスクの模刻だった。そのデスマスクを何も考えることなく似せようと模刻していたのを覚えている。それから40年近く。マネキンの造型師としての職に就き、顔造りとは切り離せない環境にあった。そんなせいもあって顔には特別な想いを抱いている。ここ数年前から私は何かを考えたり作りたいと思った時、出発点として人の顔を描いたり粘土で作ったりすることにしている。その制作過程の中、色々な物の見方や発見がある。 その形の中に光の流れを見つけ影を追うといった作業を繰り返す。“喜”“怒”“哀”“楽”それ以外の感情。複雑な感情が表れては消えていく。そして“無”。たくさん顔を造ってきた今。デスマスクには深い意味があると感じる。それは決して死を表現しているのではなく、あらゆる物から解き放たれた姿なのではないか。むしろ穏やかな眠りの姿のように見える。その人が持っている本来の素顔なのではないだろうか。自分や他人を意識せず感情や表情を抜き取った本来の素顔を造ってみたい。(山本幸夫)
奥野 正人 solo exhibition
幻夢滅華
2010.04.02 (fri) - 2010.05.10 (mon)
gallery close 4/3・4・10・11・17・18・24・25 5/1・2・3・4・5・9
open 11:00~18:00

夢と現実に撹拌され、覚醒する意識。感覚的に刺激や対象がないのに、めざめの光によって、あるように視覚する。そんな一瞬は心地よく感じます。(奥野正人)
本展は、日本版画協会会員・国画版画部会員、2009第15回ソウル国際版画ビエンナーレに入選し、国際的にもその実力を高く評価される奥野正人のBAMI galleryでの初個展です。奥野正人は、長年に亘り“おんな”というテーマをエッチングという高度な版画技法で追求しつづけています。生き物の最小区分である性差、しかしながら男も女も皆全ての人間が女性から生まれいずるという摂理。女性の存在なくしては創出し得ない人間の歴史。人間創造の宇宙観を、奥野正人は自身の中に存在する“おんな”という不思議な生命体に重ね表現しつづけています。白と黒のストイックな世界から曼荼羅のような際限なき色彩を感じる奥野正人の世界を是非ご高覧いただきたく、ご案内申し上げます。 (Program director 上山潤)
エトリ ケンジ solo exhibition
『VANISHING』
2010.03.04 (thu) - 2010.03.31 (wed)
gallery close 3/6・7・13・14・21・22・28
open 11:00~18:00

時の合間に、現れ、消えて行く少女達
都会の背景に溶け込む『抜け殻』のような、透明な身体
都市に暮らす膨大な数の人間の匿名的な『輪郭』を象徴する、
虚ろで、はかなく、可愛らしい人型
希薄化した身体は、型押しされた人間のように画一的で空虚な印象を受ける反面、
その輪郭は非日常化された魅力を写し出す

kappachicken solo exhibition
「不器用な色たち」
2010.01.28 (thu) - 2010.02.25 (thu)
gallery close 1/31・2/6・7・13・14・21
open 11:00~18:00

適度というものを知らず不器用にしか生きられないあなたになぜか惹かれてしまうのは、あなたがいつも生きることに一生懸命すぎるからでしょうか 私はやっぱり描きたい、あなたをたくさん描きたい。(Kappa Chicken) 今展はkappa ChickenのBAMIgalleyにての第2回目の個展となります。第一回目はcolors of lifeという少し客観的な人間模様をテーマにて展覧いたしましたが、今回は作家自身の内側から出てくる“かなしくもおかしな”人間らしさを焦点に、誰しもが内省として自己嫌悪に陥る感情【~すぎて】という一つのテーマに沿って制作した作品25点を一堂に発表いたします。 ぜひご来場いただきますようご案内申しあげます。(Program director 上山潤)
田村 博文 solo exhibition
STONE その不思議なる地球遺産
2009.12.03 (thu) - 2010.01.22 (fri)
私は石が好きだ。無限の表情をもち、2つと同じものがない。 ここ数年来樹で石(と想えるもの)を創り続けている。 それによって何かが変るというものではないが、ただ石を創り続けている。 樹で石を創り続ける行為の中で様々な事を思い、考え、やがて無になっても、それでも削り続ける。 時には激しく、時にはやさしく、荒々しい水になったり、岩となってぶつかったり。 何んの変哲もない石コロを何十、何百と創り続ける毎日、こんな行為を大切にしている。 そしてそんな行為が好きだ。 樹に精霊が宿るという。その精霊の気元を損なう事なく石になっていただける様に 日々想いを念じて制作している。 人類は無作為に存在する石を秩序だてて配列したり、積んだりすることで 一歩アートの世界に踏み込んだろう。 徒、並べるだけで緊張(TENTION)が生じる。 この緊張感をつなぐ事でいわば「アートの結界」というものが出現する。 ≪徒、並べるだけで≫。 遺跡にも似て何か神々しさが出てくるのも不思議である。 今回は無作為に存在する石から作為的に置いたり、並べたり、積んだりしながら 無限にある表現の一部を展開していますが、その展開に皆様にも参加して頂いて、 時間差による変化を楽しんでいただければと思っています。
宋知宣 solo exhibition
土の雨
2009.11.02 (mon) - 2009.11.30 (mon)
人間の生と死、出現し消滅する時間の狭間に存在する人間の日常。日常は人間個人とは別の時間軸を辿り消滅することはない。悠久の時間軸を辿る日常の中に存在する固体を通じて、その中に内在する思い出とイメージを陶磁造形で表現する。それは実際目に見えるものではなく、できる限り自然に自分の内側からでてくる目に見えない何物かのイメージを探りながら、固定観念にとらわれない自由な発想と想像を喚起し得る表現方法を追い求めています。(宋知宣:ソン・ジ・ソン) 宋知宣:ソン・ジ・ソンは1978年韓国ソウルに生まれ、2005年来日し現在京都市立芸術大学修士課程にて陶芸を専攻しております。今展は現在彼女が精力的に研究している、陶磁器がもっている硬くて重いという固定観念・イメージを覆す作品を“土の雨”というテーマに沿って展観しております。雨という自然界の茫漠とした光景を陶磁器で再現する、そこには土を構成要素とする陶磁器が本来持たされていなかった意味を新たに現出させ、固定的には捉えられない、そして所有できない日常の光景を具体的儚さとして表現する面白さが内在しております。(Program director 上山潤)
早崎雅巳 Experiment exhibition
Green Salamander
2009.09.18 (fri) - 2009.10.16 (fri)
サンショウウオは英語ではサラマンダー・火の精とよばれ砲火の下をくぐりぬける勇敢な軍人に喩えられるらしい。私が描く男性器を思わせるようにアレンジしたサンショウウオは英語圏で言われるほど力強いものではなく、大人しく傍観し様子を伺う存在です。私の描く緑の植物は、クズ・ハゼ・アカメガシワ・ネムノキ等であり、いずれも日本に広く自然に自生し、したたかに生息域を拡大する植物たちです。特に好んで描くクズは”ほふく”するが如く目の前に現れる障害物に四方から覆い尽くし、相手の成長や自由を阻害させる。それらの生物たちは、私が描くジェンダーを曖昧にしたキャラクターの肢体に絡まりつき、さらに衣服のように変容した木の幹が四肢にまとう。これらキャラクターは、共存・同化し性を超えた生への執着のメタファーである。(早崎雅巳) 今展はアーティスト早崎雅巳のExperiment exhibition実験展であります。人が社会によって様々に背負わされた属性。他の属性からの視線によって形作られた主体なき自らの姿。彼の描くサンショウウオと逞しい生命力を誇示する植物、ジェンダーの曖昧なキャラクターたちが一つと成り不可思議な生き物へと変容していく光景は、現代社会に生きる我々全てに背負わされた様々な属性を取り払い、何物にも縛られない一個の生き物へと昇華する在り様を提示しているかのようです。閉塞していく社会の中でその極度に緊張した我々の感受性を溶解させるべく早崎雅巳の挑戦はここから始まります。 (Program Director 上山潤)
Blue Bear Art Project+COMBINE Installation
「さよなら あおぞら」vol.1
2009.07.16 (thu) - 2009.08.28 (fri)
 BAMI galley では初めてとなるインスタレーション企画を開催いたします。ブルーベアーアートプロジェクトこれがアーティスト名です。 本名・八塚誠37 歳愛媛大学教育学部を卒業後、現在愛媛県山間のみかん農家で日々モクモクと一人働いております。彼のインスタレーションは見せて終わりではなく、見て触れて感じてもらうことをコンセプトに、「ココロのカタチ」をテーマに展開されます。彼が手作りで産み出した青熊のぬいぐるみはあたかも生きたような鼓動がし、ギュッと抱きしめればなにかを感じざるを得ない感情がこみ上げてきます。その青熊が今回ココロのカタチを探してBAMI gallery にやってきます。そこで今回我々のBAMI gallery スペースは、誰しもが経験したはずなのに記 憶から消し去られた“子宮”の羊水のような空間、知識も経験も正も悪もないただ“たゆたう”空間を目指します。会期中出来る限り、小さな子供にも来て見て触れて感じてもらいたいと考えております。ココロのカタチ、子供にはそのカタチの見えるものが潜んでいるのではないか?子供ほど完璧な人間はいないのではないだろうか?と考える我々は今回の展開を通じ子供に教えてもらおうとも思っております。 司馬遼太郎さんが晩年語った「この国のかたち」、これは国土の広さでもなければ人口でもない、この国に住む過去・現在・未来の人間達のココロのカタチを問いつづけてきたものだったのではないでしょうか?一人一人のココロのカタチ、それがまとまった国のココロのカタチ。 いまトテツモナイ閉塞感を抱える我々が再度素直に正直に向き直さなくてはいけないテーマなのではないでしょうか?今回+COMBINE とダブルネームとしたのは、今回1 回だけの展開ではなく、引き続き我々もブルーベアーと一緒にココロのカタチを探す決意を示しました。アートという現代を生きる人間のココロを映し出す世界を追求する我々もブルベーアーと同じくココロのカタチを探して行きたいと考えております。(Program Director 上山潤)
鵜飼 容子×永吉 友紀 joint exhibition
此岸/彼岸
2009.06.09 (tue) - 2009.07.10 (fri)
彼方の岸を「彼岸」と呼び、こちらの岸辺を「此岸」と呼ぶ。いずれにしても此方を主体とした呼び方である。しかし芸術表現は時として、彼方の岸から此方の岸の情景を見せることも出来れば、此方の岸から軽々と彼方の岸へ飛躍しその情景を見せることも出来る。それはあるときは人間の煩悩世界へ没入した客観的風景となり、又、あるときは煩悩から解脱した虚空の風景となる。芸術表現とは彼岸と此岸の間に横たわる大河であり、それぞれの風景を垣間見る窓のような存在だと考えられます。そこから我々は目に見えない時空の存在と一個の肉体が入滅する瞬間を想うことが出来、初めて死を起点とする生への執着と“たゆたう”儚さを感じることが出来るのだと考えるのです。 (Program Director 上山潤)
渡辺政光 Solo Exhibition
「間」
2009.05.11 (mon) - 2009.06.05 (fri)
何もないのだけど何かある。 時間や空間を感じる時、あるのだけれどないもの。例えば鹿おどしは、一度音を立ててから再び音を立てるまでの「間」が「時間の流れを感じさせる」動きと動きのあいだには静止し次の動作に移るタメがある。それが「間」であり時間がより引き立つように感じる。茶道においても点前の一つの動作のあいだに一呼吸半の「間」をとる。この「間」によって客との呼吸を合わせコミュニケーションをとることができる。その場は白でも黒でもない、白と黒とを結ぶシームレスな空間が存在する。 今回の展示では版画のシルクスクリーン技法を使用して制作いたしまいた。是非ご覧ください。
永吉友紀 Solo Exhibition
「皇國の乙女」 ものいはぬもののかたち
2009.04.02 (thu) - 2009.04.30 (thu)
廿世紀前半、戦前、戦中を生きた乙女達。 彼女達は激動の社会に流され、あらゆる犠牲を強いられる。 望むべく将来をもぎ取られ、在るべき姿を強要された。 彼女達に嘱望されたのは、不穏な情勢の日本及び大陸各所で 貞淑な妻、従順な娼婦として生きること。 私の作品はそんな彼女達の姿を、ごく抽象的なイメージとして 捕らえ図像化している。 深い運命を背負った乙女達に思いを馳せ、 その哀しみや空虚感の一旦を感じていただきたい。
釜匠 Solo Exhibition
「枠の中」
2009.03.02 (mon) - 2009.03.31 (tue)
枠に収まる、枠に囚われるという言葉があります。 いずれもあまり良い意味では使われません。 この‘枠’というのは物と物、空間と空間を区切る 境界線です。 絵というものは、この‘枠’無くして存在すること ができないものです。 私達が過ごしている日常と切り離された、四角い枠 の中に存在する‘絵’というものは、一見枠に収ま っているように見えますが、それは枠の外の世界と もいえます。 このように見る側の立ち位置で枠の内と外はころ ころと変動します。 絵というものは、このことを感じさせてくれる最も わかりやすくてとても楽しいツールだと考えています。 どうぞ今日は私が用意した沢山の‘枠’の中に 納まってみてください。 きっとワクワクするはずです。
Kappa chicken Solo Exhibition
「colors of life」
2009.02.02 (mon) - 2009.02.27 (fri)
私は、外から見た人の姿ではなく、その中にあるその人の姿を描きたい、 と思っています。それは、実際は形のあるものではないけれど、自分の 中にある自分の姿や、出会う人から感じる、その人の中の姿を、自分が 感じたように表現していきたいです。
WILL DALEKSON Solo Exhibition
THE FUTURE: a world without man
2008.12.12 (fri) - 2009.01.20 (tue)
この展示は僕の未来の展望です。未来は今と全く別の世界ですが、現在と似ている箇所も少しあります。僕が見ているその未来に広がる世界を、容易に理解できるシンボルを使って皆さんにも観てもらおうとしています。